故将軍(源 頼朝)の姫君(乙姫君と号す。字は三幡) 去ぬる此より御病悩。御温気なり。 すこぶる危急に及ぶ。 尼御臺所(北条政子)、所社に祈願あり。諸寺に誦経を修したまふ。 また御所において、一字金輪 |
出展;「全訳 吾妻鏡」(貴志正造訳者)より |
姫君(乙姫) 日を追って憔悴 |
出展;「全訳 吾妻鏡」(貴志正造訳者)より |
雨降る。 医師 時長 、昨日京都より参著す。左近将監 能直 これを相具す。 伊勢路を廻りて参向すと云々。 旅館以下の事は、兵庫頭 ならびに八田右衛門尉知家等、沙汰を致すべきの由、 御旨を含むものなり。 今日時長、掃部頭が亀谷の家より、 畠山次郎重忠 が南御門の宅に移り住む。 これ近々に候ぜしめ、姫君の御病悩を治療したてまつらんがためなり。 この事度々辞し申すといえども、去月早く関東に参向すべきの旨、院宣を下さるの間、 かくのごとし。 |
出展;「全訳 吾妻鏡」(貴志正造訳者)より |
陰 時長、始めて 朱砂丸 よって砂金二十両以下の禄を賜る と云々。 |
出展;「全訳 吾妻鏡」(貴志正造訳者)より |
今夕、姫君 いささか御食事 あり。 上下 喜悦の外なし と云々。 |
出展;「全訳 吾妻鏡」(貴志正造訳者)より |
晴れる。 姫君 なほ疲労せしめたまふ。 あまりさへ去ぬる十二日より御目の上腫れたまふ。 この事殊なる凶相の由、時長 これを驚き申す。 今においてはその恃 およそ人力の覃 |
出展;「全訳 吾妻鏡」(貴志正造訳者)より |
掃部頭親能(中原 親能)、姫君の御事によって京都より参着する。 ……中 略……。 今に遅参す と云々。 |
出展;「全訳 吾妻鏡」(貴志正造訳者)より |
医師 時長 帰洛す。 中将(源 頼家)より馬五疋 、旅粮粮の雑事、送夫二十人、国の雑色二人、ならびに兵士 これを給わる。 またひ兵庫頭(大江広元)己以下、馬を引く。 去ぬる比、身の暇を給はるといえども、守宮(中原親能)令の下向を相待ちて、今に遅留すと 云々。 |
出展;「全訳 吾妻鏡」(貴志正造訳者)より |
陰 午の剋、 姫君( 三幡 ) 遷化 す (御年 十四)。 尼御臺所(北条政子)、御嘆息、諸人の傷嗟、これを記すに遑 乳母の夫 掃部頭親能(中原親能)、出家を遂ぐ。定豪法橋蝦戒師 今夜戌 江間殿(北条義時)・兵庫頭(大江広元)・小山左衛門尉(小山朝雅)・三浦介(三浦義澄)・ 結城七郎(結城朝光)・八田右衛門尉(八田知家)・畠山次郎(重忠)・足立左衛門尉(足立遠元)・ 梶原平三(梶原景時)・宇都宮弥三郎(宇都宮頼綱)(最末、素服を著せず)・佐々木小三郎 (佐々木定高)・藤民部承(二階堂行光)等 供奉す。 おのおの素服 と云々。 |
出展;「全訳 吾妻鏡」(貴志正造訳者)より |
雷 雨。 今日 姫君の御佛事、墳墓堂においてこれを修せらる。 尼御臺所(北条政子)、渡御。 導師は宰相阿闇梨尊暁と云々。 |
出展;「全訳 吾妻鏡」(貴志正造訳者)より |