弁ケ谷 (bengaya-yatu)の石碑文の説明


☆ 弁ケ谷の石碑文はこの様に語り伝えております。・・・

   元享元年(1321年)、相模守 北条高時 が創建した金剛山 崇寿寺すうじゅじは、此の地域であった。

  道興准后 の記した廻国雑記の中に紅谷とあるのと、田代系図に拠って千葉の介の敷地
  としている別谷とは、共に 「辨谷」 に同じであるという説もあるが、はっきり断言できない。

          昭和七年三月 建
                                   鎌 倉 青 年 団




【 関 連 事 項 】

【 崇 寿 寺 (すうじゅじ) 】 について
    山号 金剛。 元享元年(1321年) 北条高時 の開創。 開山は「南山士雲」。

    享元三年(1323年) 北条貞時 の十三回忌供養の時、当寺から僧衆 十三人が参したと言う。
    かなりの規模の寺であったと想像できる。

    此の寺は、応永三十一年(1424年)まで存在していた事が解っている。【「鹿山略志」による】

《 出展;「鎌倉廃寺事典」(貫 達人・川副武胤共著)による 》